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Channel: 原典聖書研究
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次郎長の清水一家が清水署の起源!

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 清水港はね、おかしな街でしたよね。 何しろ清水一家の次郎長さんが維新に十手を
 
与り治安維持にあたっていたのですからね。  以来警察署は清水一家の後継組織と言う
 
ことになります。 あそこは酷い捜査が普通に行われていました。  特に戦時中の
 
キリスト教弾圧に牧師達を拘置し普通に拷問をして発狂させたり、空襲で獄屋が破壊され
 
火災ですっかり警察署が焼け落ちてしまう様な事態になって漸く焼け野原の市内に拘束した
 
無実の人たちを放免した様な警察です。だから人権も、道義も在ったものじゃありません。
 
 余分な事ですが当時私が牧師をしていた30年程前の清水市内の教会に元警察官が
 
居ましたが駐車中にドアで傷がついた事でまるで極悪人扱いの騒動が起きたのを観、
 
また、在任中の当たり屋に絡まれた折りの警察署の対応の不味さを聞くに及んで
 
当時新聞紙面を賑わしていた市内起きたと言う袴田事件は冤罪だと確信したのが
 
思い出されます。  いずれにしても冤罪が晴れて本当によかったと言う事ですが、
 
無実の市民を48年も苦しめてきた警察の犯罪は解明され断罪され、厳正な処罰と
 
被害者に対する賠償がなされる事が必要です。 以下ネットニュース参照。
 
 
 
 
 

姉「弟が隣夢みたい」 再審開始決定 水入らず一夜

釈放から一夜明け、姉の秀子さん(左)に付き添われてホテルを出る袴田巌さん(手前)=28日午前9時、東京都港区で(松崎浩一撮影)
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 袴田事件の再審開始と拘置停止の決定で四十八年ぶりに釈放された袴田巌(はかまだいわお)さん(78)は、一夜明けた二十八日午前、体調の検査のため、東京都内の病院に入った。弁護団によると、検査の結果、体調によっては入院するが、元気を取り戻しつつあるという。都内のホテルで、水入らずの一夜を過ごした姉の秀子さん(81)=浜松市=は「隣で弟が寝ているのを見て、夢でも見ているような気がした」と話した。 
 袴田さんは午前九時、宿泊したホテルの玄関に姿を見せた。秀子さんと弁護士が押す車いすに乗り、白の長袖のシャツと黒色のズボン、緑色のスリッパ姿。落ち着いた表情で、弁護士に支えられながらも自分で歩き病院に向かうワゴン車に乗り込んだ。
 その後、千代田区霞が関の司法記者クラブで会見した秀子さんによると、釈放された二十七日夜はホテルの同じ部屋で寝た。
 朝、目覚めても隣にいる姿を確認し「夢なら覚めてほしくないなと思った」。もはや夢ではなく、現実だった。
 ホテルの部屋に朝日が差し込み、窓から海が見えた。「海がきれいだから、見てみたら」と秀子さんが声を掛けた。巌さんはじっと海を見つめ、言った。「ここは大井川かな」
 地元静岡県の地名を挙げた弟に、秀子さんは笑いながら「東京湾だよ」と教えてあげた。ほほえましい、当たり前の姉弟のやりとり。でも二人にとっては、かけがえのない大切な時間をようやく取り戻すことができた。
 糖尿病などの疑いがあり、会話もスムーズではないが、前日に比べ、発する言葉が長くなってきた。「だんだん日常に慣れてくれればいい。将来的には静岡で一緒に暮らしたい」と秀子さん。焦らず、ゆっくりと、失った時間を取り戻せばいい。
 検察は、再審開始決定に対する即時抗告を検討している。「仕方ないのかもしれないが、しないでほしいです」。秀子さんの心からの叫びだ。
 弁護団は二十七日、即時抗告をしないように東京高検などに申し入れた。抗告の期限は三十一日。

「おかしいのは分かっていた」 冤罪可能性 最初に指摘

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 「逮捕から四十八年。最初からおかしいのは分かっていた」。元プロボクサー袴田巌さん(78)の冤罪(えんざい)の可能性を最初に雑誌や著書で訴えたジャーナリスト高杉晋吾さん(81)=埼玉県入間市、写真=はそう話す。高杉さんは一九八〇年から約二十年間支援活動に携わったが、今は離れている。だが「袴田君のことは頭からずっと離れなかった」という。
 最初に事件に関心を持ったのは七〇年代後半。既に袴田さんは一審で死刑判決が言い渡されていた。のめり込む発端は逮捕後の取り調べ状況を伝えた新聞記事。袴田さんが捜査員に対し、プロボクサー時代のフィリピン遠征試合の思い出を語ったという内容で「警察官が調べてみると、フィリピンに行ったというのはうそだった」と伝えていた。
 疑問を抱いた。なぜ警察は記者にこんなことを話したのか。「袴田さんはうそつきだという印象を植え付けたかったのではないか」
 高杉さんが記録を調べると、袴田さんは実際にフィリピンで試合をしていた。調べれば調べるほど、おかしな問題が出てきた。公判中に突然発見された五点の衣類、通れない裏木戸や凶器としては小さすぎる小刀…。
 八〇年に死刑が確定。高杉さんは「闘いはこれからだ」と誓い、ボクシング評論家の故郡司信夫さんらと支援団体をつくり活動を始めた。八一年に「地獄のゴングが鳴った」を出版、世間に訴えた。
 高杉さんは「当時はボクサー崩れという偏見があり犯人視された。今の社会も差別や偏見に満ちている。第二の袴田君をつくってはいけない」と警鐘を鳴らす。
 
2014/3/28(金) 午後 4:58
ケーキ食べ「おいしい」=東京のホテルで静養―袴田さん 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の第2次再審請求審で、再審が認められた袴田巌さん(78)の48年ぶりの釈放から一夜明けた28日午前、姉秀子さん(81)と弁護団が東京都内で記者会見 ...
2014/3/28(金) 午前 7:00
... その結果、袴田元被告は27日午後5時ごろ釈放され、再審請求を申し立てた姉秀子さん(81)らに付き添われて車で拘置所を出た。途中に休憩した駐車場で車外 ... 体調に問題はないといい、同日は東京都内のホテルに宿泊した。  一方、地検は執行停止を不服 ...
2014/3/28(金) 午前 1:36
再審開始決定を受けて釈放され、東京都内のホテルで姉の秀子さんと写真に納まる袴田巌さん。(時事通信から引用)
2014/3/27(木) 午後 9:55
... 弁護団によりますと、袴田さんも姉の秀子さんも車に乗っていて、酔ってしまったということで、きょうは都内のホテルで休養し、あす以降、体調が整えば、静岡に戻り、今後については支援者などと相談して決めたいとしています。 ...
2014/3/22(土) 午後 9:08
... 北九州市・リーガロイヤルホテル小倉)・木村石連会長会見(午後2時)・米倉経団連会長会見(午後3時半)・日 ... 京都地裁)・袴田事件第2次再審請求審で、開始可否の決定(静岡地裁 ... 違反罪に問われた徳田毅前衆院議員の母秀子被告の判決(午後3時半、東京地裁 ...

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